東京地方裁判所 平成4年(ワ)17034号 判決 1995年1月13日
原告
酒井強
被告
株式会社明送
ほか一名
主文
一 被告らは連帯して、原告に対し、二万六九一七円及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは連帯して、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実
本件事故の発生
1 日時 平成二年九月五日午前一時一〇分ころ
2 場所 新潟県南魚沼郡塩沢町大字姥島新田地内関東自動車道下り線一七五・三キロポスト付近路上(以下「本件現場」という。)(甲一)。
3 態様 原告は、本件現場付近の追越車線を、水上方面から長岡方面に向けて、普通乗用自動車(登録番号「足立五二む三五一六」、以下「原告車」という。)を運転して進行し、停止したところ、その後方を進行してきた被告伊藤恵一(以下「被告伊藤」という。)運転の普通貨物自動車(登録番号「習志野八八き一八一七」、以下「被告車」という。)に追突された(甲一、甲一三、原告本人尋問の結果)。
二 争点
1 責任
(一) 原告の主張
被告伊藤は、前方不注視の過失によつて、被告車を原告車に追突させたから民法七〇九条に基づき、また、被告株式会社明送(以下「被告会社」という。)は、被告車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。
(二) 被告の主張
本件事故は、原告が格別の理由がないにもかかわらず、高速道路上に原告車を停止させたために発生したものであるから、本件事故はもつぱら原告の過失によるというべきで、被告伊藤に過失はなく、被告会社には責任がない。
2 本件事故と原告の傷害との因果関係
原告は、本件事故により、左眼打撲及び頸椎間狭小の傷害を負い、その治療に一四〇日間を要したと主張し、被告らはこれを否認する。
3 損害
原告は、本件事故による損害として、<1>治療費、<2>入院雑費、<3>入院付添費、<4>通院交通費、<5>休業損害、<6>後遺症による逸失利益、<7>慰謝料を主張し、被告らは、その発生を否認する。
第三争点に対する判断
一 本件事故態様
1 証拠(甲一三、一四の一ないし四、甲一五ないし一七、原告及び被告伊藤各本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告伊藤は、本件現場付近の追越車線上を水上方面から長岡方面に向けて被告車を運転して、時速約一〇〇キロメートル(制限速度は、時速八〇キロメートルである。)で進行してきたところ、前方約一五〇メートルの付近にポンピングブレーキをかけている原告車を発見したので、原告車との衝突を避けるため、左側の走行車線を確認したが、走行車線には、後方から進行してくる車両があつたため、車線変更ができずにいたところ、原告車は方向指示器を出して停止した。そこで、被告伊藤は、急制動の措置を採るとともに衝突を回避すべく、ハンドルを左に切つたが、間に合わず、被告車の右前部を原告車の左後部に追突させた。
(二) 原告は、被告車の前方を同方向に向けて進行中、後続の大型車両数台が高速度で進行してくるのに恐怖を感じ、後続車両に先を譲ろうとして、本件現場付近がサービスエリア近くでやや広くなつていたところから、そこで右の方向指示器を出して道路右寄りに停止したところ、三、四秒後に被告車に追突された。この衝撃で、原告車は、前方に約一〇・四メートル押し出された。
2 右の事実によれば、前方約一五〇メートルの地点にポンピングブレーキをかけている原告車を発見したにもかかわらず、右車両が停止しないものと軽信し、制限速度を超過する速度で走行した被告伊藤の過失は否定できない。しかし、深夜、高速道路の、しかも追越車線上で特段の理由もなく停止した原告の行為は、極めて異常というほかなく、その過失は重大である。
したがつて、被告伊藤は民法七〇九条に基づき、被告会社は自賠法三条に基づき(被告会社が、被告車を所有し、自己のために運行の用に供する者であることについて、当事者間に争いはない。)、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。しかし、右の被告伊藤と原告の各過失を比較すると、原告に生じた損害の七〇パーセントを減ずるのが相当である。
二 本件事故と原告の傷害との因果関係
1 証拠(甲九、甲一〇、甲一一の一、二、甲一三、甲一九ないし二五、乙一の六、乙二の一一、原告及び被告伊藤各本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故後、被告伊藤は、原告と本件現場で言葉を交わしたが、その当時、原告の顔面には、出血はなく、原告は、首の痛みを訴えていたものの、特段の傷害はないということで、当初、本件事故は、物件事故扱いとなつた。しかし、その後、原告は、平成二年九月七日、首の痛みの治療を受けるため、岡崎病院に受診し、外傷性頸椎捻挫の診断を受けた。原告は、その約半年後の平成三年三月六日、森田整形外科病院を受診したが、その際の診断は、頸肩腕症候群、右肩性円背、糖尿病であり、同年五月七日まで治療を受けた。原告は、それから約九か月後の平成四年二月三日、河合病院に受診し、一過性脳虚血発作の診断を受け、同月六日まで同病院に入院した。その後、同年三月一二日、梅津医院を受診し、頸椎間狭小との診断を受けて同年四月七日まで治療を受けた。さらに、原告は、同年四月三日、マサキ整形外科クリニツクに受診し、変形性頸椎症、変形性腰椎症等の診断を受けた。
(二) 原告は、平成二年九月一〇日、帝京大学医学部附属病院において左眼打撲、眼瞼裂傷、出房出血との診断を受け、同日縫合手術を受け、同月二〇日まで、同病院に入院した。この左眼打撲について、原告は、平成二年一一月二七日の取調べの際、警察官に対し本件事故による旨供述している。しかし、帝京大学医学部附属病院に入院した経緯について、看護記録(乙二の一一)には、平成二年九月一〇日二時三〇分、会社で暴漢に殴られ、受傷し、一一〇番、一一九番通報の後、救急車で川口市立病院に運ばれたが、眼科は専門外であるということで、帝京大学医学部附属病院に三時三〇分搬送され、同病院に救急外来で受診した旨の記載がある。
2(一) 右認定の各事実、すなわち、原告が本件事故直後から首の痛みを訴えていたこと、その治療を受けるために本件事故の二日後に岡崎病院を受診し、外傷性頸椎捻挫の診断を受けたことなど及び前認定の本件事故態様によれば、原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたことが認められる。原告は、その治療に一四〇日間を要したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。平成三年三月六日以降の治療については、事故後半年を経過した段階での診断である上、その診断名を見ても外傷性との記載はなく、むしろ、加齢その他の病変を強く疑わせ、本件事故との因果関係がないことは明らかである。結局、原告は、本件事故により、外傷性頸椎捻挫の傷害を負つたが、その程度は軽微であつたというべきである。なお、原告は、その陳述書(甲二五)で通院治療の経緯について種々述べるものの、これを裏付ける証拠はなく、直ちに信用することはできない。
(二) 次に左眼打撲等について本件事故との因果関係があるかどうかについて検討する。
右に認定した事実によれば、本件事故直後、原告の顔面には出血もなく、眼の痛みを訴えた形跡もないし、本件事故の二日後岡崎病院を受診したにもかかわらず、この時点においても眼の痛みを訴えた形跡はない。加えて、帝京大学医学部附属病院に入院した経緯についての看護記録の記載(乙二の一一)は、具体的かつ詳細である。また、縫合手術を施行しなければならない程の傷害を負つたにもかかわらず、本件事故後五日間もこれを放置したというのは不自然というほかない。さらに、原告は、その本人尋問において、追突の際、左眼がバツクミラーに当たつた旨供述するのであるが、本件事故態様に照らし、顔面がバツクミラーに当たる程、上半身が前に押し出されたというのも不自然である。これらの事情を考慮すれば、原告の警察官に対する供述(甲一三)及びその本人尋問における右供述部分は直ちに信用することはできず、左眼の打撲と本件事故との因果関係を認めることは到底できない。
3 結局、原告の傷害のうち、本件事故と因果関係を認めることができるのは、外傷性頸椎捻挫だけであり、その程度は、軽微で、治療は一回を要する程度であつたといわざるをえない。
三 損害
1 治療費 認められない
(請求 四二万円)
前認定のとおり、治療費のうち、本件事故と因果関係があるのは、平成二年九月七日の岡崎病院に受診した分のみであるが、その際に要した治療費は不明であり、証拠もないので認めることはできない。
2 入院雑費 認められない
(請求 三万円)
前認定のとおり、原告主張の入院は、本件事故と因果関係のある傷害によるものであるということはできず、入院雑費を認めることはできない。
3 入院付添費 認められない
(請求 一八万円)
前記2と同様の理由で、入院付添費を認めることはできない。
4 通院交通費 認められない
(請求 七万円)
前記1のとおり、本件事故と因果関係を認めることのできる通院は、一回のみであるが、その通院交通費は不明であり、証拠もないので認めることはできない。
5 休業損害 三万九七二六円
(請求 一七五〇万円)
前認定のとおり、原告の本件事故による傷害の程度は軽微で、治療も一回であつたことからすれば、原告が休業を余儀なくされたのは、せいぜい右通院に要した一日だけであるというほかなく、甲二六によれば、原告の平成元年の年収は、一四五〇万円であつたことが認められるから、原告に生じた休業損害は、三万九七二六円(一四五〇万円÷三六五日=三万九七二六円、但し、円未満切捨て)となる。
6 後遺症による逸失利益 認められない
本件事故による傷害に起因して、原告に後遺障害が残存したことを認めるに足りる証拠はないので(原告は、種々の症状を訴えるものの、前認定のとおり、本件事故との因果関係を認めることはできない。)、後遺症による逸失利益を認めることはできない。
7 慰謝料 五万〇〇〇〇円
本件事故の際、原告が被つた恐怖、苦痛、傷害の程度その他の諸般の事情に照らし、慰謝料として右額が相当である。
8 合計 八万九七二六円
9 過失相殺
前記8の額から、前認定のとおり七〇パーセントを減ずると、原告の損害は、二万六九一七円(円未満切捨て)となる。
四 以上の次第で、原告の本訴請求は、右三9記載の金額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)